下豊留です。
「天文館周辺を歩いていると、たくさん銅像を見かけるのだけど…」
というお声をよく聞きます。
2010年、ちょうど大河ドラマ「龍馬伝」が放映されていた年に設置されました。
7ヶ所に点在し、合わせて「時標(ときしるべ)」と呼ばれています。
説明看板のQRコードを読み込むと説明の動画を見るころができる仕組みになっています。
銅像たちは一体誰なのか、まち歩きのご参考までにまとめてみます。
時標① 大山巌、西郷従道、山本権兵衛
時標② 樺山資紀、黒田清隆
時標③ 黒田清輝、山下兼秀
時標④ 坂本龍馬、お龍
時標⑤ 島津重豪、水間良実
時標⑥ 伊地知正治、吉井友実
時標⑦ ウィリアム・ウィリス、高木兼寛
時標①「イギリス鑑、鹿児島湾に現る」
加治屋町交差点にある3体の銅像は、錦江湾にイギリス艦隊が現れた知らせを聞き駆けつけている、大山巌と西郷従道と山本権兵衛です。
ちょうど「薩英戦争がはじまるぞ!」というシーンですね。
大山巌は、西郷隆盛の従弟です。陸軍大臣を務めました。
西郷従道は、西郷隆盛の弟で“小西郷”と呼ばれます。
山本権兵衛は、第16代、22代内閣総理大臣を務めた人物です。薩英戦争時はまだ子どもなので、かわいらしい姿です。
時標②「樺山、黒田、大いに語る」
高見馬場交差点にある2体の銅像は、日本の将来について語り合っている樺山資紀と黒田清隆です。
樺山資紀は、警視総監や海軍大臣を務めた人物です。白洲正子の祖父にあたります。
黒田清隆は、第2代内閣総理大臣を務めた人物です。
2人以外にも、幕末・明治期に活躍した若者はたくさんいます。
維新ふるさと館や鹿児島県歴史美術センター黎明館で学ぶことができます。
時標③「黒田清輝、桜島の噴火を描く」
アイムビル前にある2体の銅像は、大正3年におこった桜島大噴火の様子をスケッチしにいく黒田清輝と山下兼秀です。
黒田清輝は、西洋画家で“近代洋画の父”と呼ばれています。ちょうど銅像が建っている辺りが生誕地です。
山下兼秀は、黒田清輝の弟子です。山形屋の初代宣伝課長も務めています。
2人とも、桜島の大噴火や避難の様子を描いており、当時の様子を伝えています。
時標④「龍馬、お龍と薩摩でひと休み」
いづろ交差点にある2体の銅像は、新婚旅行に来た坂本龍馬と妻・お龍です。
小松帯刀の屋敷や、霧島神宮、塩浸温泉などを訪れています。
高千穂峰登山もしていまよ。
時標⑤「重豪、薩摩の科学技術の礎を築く」
天文館ぴらもーるアーケードにある2体の銅像は、天体観測をする島津重豪と水間良実です。
天文館は、むかし天文台(明時館)があったことに由来します。
天文台を設置した人物が、島津家第25代当主の島津重豪です。薩摩独自の暦「薩摩暦」を作成していました。
水間良実は天文学者で、明治館で活躍しました。
時標⑥「伊地知、吉井、政変について語る」
中央公園(天パーク)にある2体の銅像は、幕政について語る伊地知正治と吉井友実です。
1860年に起きた桜田門外の変について語っているそうです。
伊地知正治は、軍師です。西郷隆盛が大変信頼していました。
吉井友実は、西郷隆盛や大久保利通と仲が良く、共に活躍した人物です。
時標⑦「ウィリス、高木に西洋医学を説く」
かごしま県民交流センター(カクイックス交流センター)前にある2体の銅像は、鹿児島の医学の発展に努めたウィリアム・ウィリスと高木兼寛です。
ウィリアム・ウィリスは、イギリス人医師で、鹿児島医学校兼病院(鹿児島大学医学部前身)の院長として、鹿児島の医療の発展に尽くしてくれました。
高木兼寛は、ウィリスの弟子で、脚気の原因を突き止め“ビタミンの父”と呼ばれています。
こちらの銅像は、他の記事でもご紹介しています。
天文館周辺を歩く際は、銅像をぜひご覧ください!
投稿者プロフィール
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オフィスいろは
下豊留佳奈(しもとよどめ かな)
鹿児島生まれの鹿児島育ち。
地元が元気になればと思いあれこれ活動しています。
共著に『鹿児島偉人カルタ55』(燦燦舎)
2021かごしまの新特産品コンクールで鹿児島県観光連盟会長賞を受賞しました。
第一工科大学と鹿児島第一医療リハビリ専門学校の非常勤講師
鹿児島県立図書館協議会委員
昔話と歩くことが好きです。
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